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警察予備隊

・ このページの最終更新日時 2015年11月20日 (金) 14:35




警察予備隊」の掲示板 / コメント

アメリカソ連が「ファシズム国家(枢軸三国)の侵略脅威と戦う」という大義名分のもとに同じテーブルについていたのも、『ヤルタ協定』から『ポツダム宣言』までのことであった。日本無条件降伏をもって最終的に終わりを告げた第二次世界大戦であるが、その後間もなく“冷戦”が始まり、人類社会は共産主義社会主義を奉ずるソ連を盟主とする東側と自由主義資本主義を基盤とする西側に分かれ、地球を何百回となく壊滅させ得るオーバー・キル能力を持った核兵器の恐怖のもとで、ことあるごとにいがみ合うこととなった。そして、その冷たい戦争熱い戦争地球規模でエスカレートする最初の重大な予兆となったのが日本のすくそばで火を噴いた朝鮮戦争(一九五〇年六月二五日)であった。

日本国憲法』が起草・制定されたころには想像もできなかったような二大スーパー・パワーをバックとする東西世界の激突が始まったのである。連合軍最高司令官として日本に君臨していたマッカーサー元帥は、この情況を見て、一九五〇(昭和二五)年七月八日、『日本警察力増強に関する書簡』を日本政府に送り、同年八月一〇日に『警察予備隊令』を発せしめ、直ちに“警察予備隊”という名の小型陸軍の建設を開始した。
これを“再軍備”と呼ぶが、正式に国会の承認を経た“法律”制定の手続きを踏むことなく、『占領命令』を実施するための“ポツダム政令”によって七万五〇〇〇人の実質的な軍隊が創設されてしまったのだから、「憲法違反(違憲)ではないか」という反対の声がごうごうとまき起こったのも当然である。とくに憲法第九条の解釈をめぐる活発な“憲法論議”が始まり、最近のPKO論争に至るまでの長い道程の出発点となった。







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