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行政

・ このページの最終更新日時 2016年8月11日 (木) 13:30




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ぎょうせい

行政とは、近代以降における統治形態において、立法司法行政とを区別する権力分立主義によって成立する観念であり、これを実現するために組織・機関を必要とする。行政の観念が生まれたのは、権力分立主義がそれぞれの統治形態の中で独自に展開されてきたことによるのであるから、それはまず歴史的な観念ということができる。
二〇世紀は行政国家といわれている。それは、立法府が作り出した法律を具体的に執行するために、行政府により多くの役割が課せられているからである。行政権肥大化現象は、特に国際的には、外交、経済の側面で、国内的には、福祉、経済、環境、教育、文化等の側面で顕著になってきている。
この行政の観念は、行政機能の性質による定義(実質的意義)と行政組織による定義(形式的意義)とに区分される。実質的意義の行政を定義することはなかなか困難である。それは司法との関係で、両者とも、立法によって定立された法律を、個別的・具体的な事件において適用・執行する作用であるからである。この関係から、消極説・積極説がある。消極説とは、一切の国家作用のうちから、立法司法を取り除いた部分の総称を行政ということにあり、その性格からして控除説とも呼ばれる。君主の持っていた専権が、唯一行政のみ残されていく経緯を説明したり、国家作用を余すところなく説明するうえで、この消極説はこれまで支配的であった。
積極説は、行政の持つ目的とその実現の関係を重視し、法を執行することで、国家目的ないし公益を実現する作用とみなす。司法が法適用自体を目的とするのに対して、行政は一連の行政手続を経て、公益公役務)の実現という積極的な役割を受け持つ。日本国憲法上の行政権は、内閣の事務の一つとして「法律を誠実に執行し、国務を総理すること」(七三条一号)にみられる。内閣をはじめとする行政機関は、この事務を行うことで国家目的の実現を図ることになる。
形式的には、実質的な行政行政機関以外の権限でなされたり、逆に、実質的な立法司法行政機関で行われる場合がある。そこで形式的に行政機関に属する作用を形式的意義の行政と呼ぶ。
明治憲法において、行政権の帰属は第一に天皇にあった。天皇統治権を総攬し(四条)、行政各部の官制および文武官俸給を定め、文武官を任免することができた(一〇条)。日本国憲法では、行政権内閣に属する(六五条=実質的行政権)とし、内閣天皇に代わって行政権主体となった。行政権は本来的には、内閣の組織に帰属するものの、今日、行政の内容が複雑多岐にわたっているので、次の点に注意する必要がある。すべての行政権内閣独占するものではない。憲法が認める例外は、会計検査院(九〇条)であるが、更に、一部を地方公共団体に委譲することもあるし、その行使について内閣から独立した行政機関を設けることもある(行政委員会)。
この行政委員会は、人事院公正取引委員会公害等調整委員会労働委員会等と数多く存在する。官僚主義的な行政機構を民主的にするために戦後導入され、内閣から独立して活動を行うため、独立行政委員会と呼ばれる。この委員会は、準立法的、準司法的にも機能し、行政組織上も別なものとされているために、「行政権内閣に属する」の趣旨に反し、違憲であるという説もある。合憲説が支配的であり、その職務権限の特殊性をもって、内閣が責任を負う行政とは別種の行政行為と考えられている。その他、審議会審査会等の諮問機関による行政行為の性格が問題となっている。







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