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満州事変

・ このページの最終更新日時 2015年10月20日 (火) 19:49




満州事変」の掲示板 / コメント

まんしゅうじへん

1931.9.18に始まる日本中国東北・内モンゴルへの侵略戦争日露戦争後に 南満州鉄道を中心とする諸権益を得た日本は, 関東軍をつくり張作霖政権を利用して権益の維持・拡大をはかった。だが中国民衆の国権回収運動・日貨ボイコット運動が盛んになり,日本満州経営が動揺すると,折から対ソ戦準備のために満蒙を武力で支配地域にしようとしていた関東軍石原莞爾かんじ・板垣征四郎らは 柳条湖事件の謀略を実行した。関東軍朝鮮軍の独断越境による応援を得て,ほぼ4か月半の間に全満州軍事占領し,傀儡国として 満州国を樹立。当初不拡大方針をとっていた政府宮中グループも既成事実としてこれを追認した。しかしアメリカをはじめとする列国は九か国条約不戦条約違反だと非難し,国際連盟リットン調査団満州国を認めなかったため,日本は33年3月連盟を脱退。陸軍は同年1月から熱河省に侵攻(熱河作戦)し,5月に 塘沽タンクー停戦協定を結んで軍事作戦を一旦停止した。35年,関東軍支那駐屯軍は,華北5省も日本の支配地域に組み入れるため 華北分離工作を実行,同時に国民軍国主義意識の高まりを利用して日本準戦時体制へと導いた。







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