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政治改革

・ このページの最終更新日時 2016年8月30日 (火) 12:42




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political reformation

一九八九(平成一)年初夏のリクルート社の未公開株譲渡事件は、政治改革の必要性を強く示すことになった。戦後政党政治は、戦前と同じくスキャンダルが絶えない。国民政治不信は、世論調査で六○%を超えた。
政府自民党は、八九年五月に政治改革大綱をまとめる一方で、党内改革として、(1)リクルート関連議員の閣僚・党役職就任の停止、(2)閣僚、党四役の派閥離脱という当面の措置を実施した(九一年九月現在継続中)。社公民連四党も、八九年六月に政治改革の対案を提示した。
リクルート事件契機として、頓挫していた政府の第八次選挙制度審議会が発足した。審議会は、九○年四月と七月に答申をまとめ、(1)政治資金規正の透明化、(2)連座制選挙違反)の強化、(3)税金による政党助成のほか、衆議院改革として小選挙区比例代表制並立案(比例区二○○、小選挙区三○○)、参議院改革として比例区での個人名投票選挙区定数是正を打ち出した。
自民党審議会の答申を受けて、伊東正義後藤田正晴羽田孜らを中心として選挙制度改革を討議した。九一年七月に衆議院選挙制度改革案が、比例区一七一、小選挙区三○○で党議決定されたが、党内にも小選挙区比例代表制への転換に反対するグループが生まれ、法案成立は国会提出前から危ういことになった。
また自民党内では、海部首相改革法案成立によって一○月の党総裁任期後にも総裁ポストへの執念を示すに至って、次期総裁を目指す宮沢、渡辺、三塚ら派閥の領袖からの激しい批判にさられることになった。
九一年八月に始まった政治改革国会は、七月に発覚したバブル景気の終焉による証券金融不祥事の頻発によって当初から揺らぎつづけた。小選挙区比例代表制を含む公職選挙法改正案の審議入りは九月にずれこみ、法案に批判的な自民党議員からも政府案に対する反対質問が行われるなど、その実現性は急速になくなった。一○月に入っての会期末には廃案が決定し、九○年の国連平和協力法案に続いて臨時国会が再び、召集目的を果たせないまま閉会することになった。
政治改革が頓挫したことは、国民政治不信を固定化するものとして無視しえない。九一年九月の政治改革が失敗したとの見方が確定した後の世論調査は、リクルート事件当時よりも一○ポイント下回ったとはいうものの不信感五○%で信頼を一○%上回った。国民永田町との隔たりは、このままでは世界の流れが急速になる世紀末にあって、国連平和協力法案軍縮などの経済立国の立場のほか、内政における農政の再活性化、土地行政都市問題、環境、低下する経済などの解決策への国民の信任を得られない。
今回の政治改革案は、政治の浄化のほかに、小選挙区比例代表制による政治の活性化を目指したものとして、国民の納得がなかなか得られないことになった。また海部首相の野心が、政治改革に大きな影を投げかけた。しかし、一票の格差が二倍はおろか三倍を超えて、憲法の示す基本的な権利である「平等」が果たされないことは、民主政治の形骸化である。







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