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戦争放棄

・ このページの最終更新日時 2016年8月30日 (火) 11:15




戦争放棄」の掲示板 / コメント

せんそうほうき

近代国家戦争の関係は、隣接する国家間での統一市場圏をめぐる争いや支配市場圏をめぐる争いとして侵略征服という事態を招き、不可避的要素を持っていた。特に大多数の勤労者がその労働力を商品として所有する商品所有者性を有し、すべての社会構成員が共通の貨幣所有者として社会関係を形成しているとき、異なる国家間の市場支配をめぐる支配服従の争いは、双方の国民を、自国の防衛が自分の防衛に連なるとする「国防の論理」の信奉者たらしめた。それは、ナショナリズムと統合して国民総力戦を展開させるまでに至った。
近代国家の成立時より、国家が武力を独占的に支配して常備軍を設け、国民を武装解除して非武装の状態にしておくことは、国内治安の安定と維持のために極めて重要とされた。しかし、「侵略のための軍備は保持しない」という考えは、フランス革命のはじめからあり、一七九一年フランス憲法をはじめとしていくつかの憲法に現れていた。国際的にも一九二八年、戦争放棄に関する国際条約イギリス、ドイツ、日本など一五カ国の署名を得て成立、「国家の政策の手段としての戦争の放棄」と「国際間の紛議は平和的手段によって解決すること」が決められた。しかしこのときも「自衛のための戦争はなし得る」という解釈の下、各国は「戦争の手段の保有の禁止」を定めることはなかった。
第二次世界大戦は、不戦条約署名国の間でも行われ、「無責任なる軍国主義が世界より駆逐」されなければ、「平和・安全・正義の新秩序」が形成され得ないというポツダム宣言大日本帝国が受け入れて終わった。それを受けて成立した日本国憲法は、「戦争政府の行為として起こるもの」と規定し、「陸海空軍、その他の戦力の」不保持を宣言し、「国家の交戦権」をも否定した。これは、政府戦争という手段をとり得ないよう陸海空軍のみならずその他の戦力という戦争手段の保有を政府に対して禁じたということを意味し、権力の非武装宣言であった。ほぼ時を同じくして定められたイタリア憲法は「他国民の自由を侵害する手段および国際紛争を解決する手段としての戦争を否認する」(一一条)と定めたが軍の不保持には至らなかった。
戦後日本政府もしばらくは「自衛のための戦力」も不保持としていたが、次第に解釈を変え「自衛のための戦力」は保有可能として警察予備隊の設置→防衛隊→自衛隊と保有軍事力の増強を図り、今日では世界八位の軍事力を有する軍事大国となってしまった。







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