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平安時代

・ このページの最終更新日時 2016年12月6日 (火) 17:29




平安時代」の掲示板 / コメント

へいあんじだい

794(延暦13)の平安遷都始期とし,鎌倉幕府が成立した1192(建久3)を終期とするほぼ400年間で,平安京に政治・文化の中心があったという観点からこうよばれる。始期を781(天応1)の桓武即位や784(延暦3)の長岡遷都,終末を1183(寿永2)の十月宣旨や1185(文治1)の守護地頭設置に求める見解もある。平安時代は4期に区分されることが多い。第1期は〈万代宮〉としての平安宮が確立する嵯峨・淳和両天皇の時代から,前期摂関政治が出現し,政務・儀式の整備が図られた時期である。文化的には唐風の弘仁・貞観文化が生れた。第2期は光孝天皇より村上天皇に至る時期で,藤原北家ほっけの政治的進出,律令制度の再建が図られた時代で, 国風文化の萌芽期にあたる。第3期は円融天皇から後冷泉天皇に至る後期摂関政治期にあたり, 荘園公領制の進展に対応した政治システムの転換がみられる時期。女流文学をはじめ各分野で,日本文化の中で大きな比重を占める美的意識や感性を生み出した国風文化の中心の時代でもある。第4期は白河鳥羽上皇を中心とする院政期で,院の権力のもとに政治運営が展開される一方,武士が国家機構内においても無視できない勢力として台頭し,公家集団内部における家職家格の成立が,後世の朝廷を中心とする国政の運営の骨格を形作った時期である。院による造寺・造仏,説話集平泉文化に代表される文化の地方への広がりがみられた時代でもある。平安時代は,古代から中世への転換の時期として時代区分上の位置づけが論じられてきた。また,律令国家体制から中世国家の初期的形態である 王朝国家体制へ転換した時代として,10世紀初~11世紀前半を前期王朝国家に,11世紀後半以降を後期王朝国家に区分する見解もある。また律令国家体制からの転換を10世紀後半に求める見解もある。







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