ウィキまとめは誰でも自由に編集できるWikiサービスです

 操作

幕藩体制

・ このページの最終更新日時 2016年8月11日 (木) 12:44




幕藩体制」の掲示板 / コメント

ばくはんたいせい

藩制とも。狭義には(江戸)幕府(将軍)と藩(大名)とを基軸とした政治体制を,広義にはそれをも含んだ政治社会体制をさす。狭義のそれは,将軍大名領知を宛行あてがい,大名将軍に奉仕するという封建主従制を基本に作り上げられたもので,将軍大名旗本武士だけでなく朝廷・公家・寺社をも統合して中央政権としての政治機構である幕府を組織し,大名幕府の支配下にありつつも家臣団を形成し藩機構を独自に作り上げ,自らの領国を支配した。広義のそれは,全国統一の過程で作り上げられた 兵農分離のもとで武士が支配階級の中核を占め,武士を支配身分,百姓町人賤民を被支配身分とする身分制を作り上げ,検地によって領地を確定するとともにその石高領知宛行・軍役奉仕・年貢徴収などの基準とし( 石高制),検地で把握した直接生産者である百姓から村の責任で年貢を徴収し( 村請制),その年貢を全国市場に投入することで財政運営を行い,それらを維持するために対外的には 鎖国政策をとった政治社会体制である。こうした体制は17世紀半ばに完成するが,18世紀に入ると農村に商品経済が浸透し,農民層分解が始まり地主小作関係が形成されることで解体過程に入る。幕府・藩ともに財政は窮乏していき,それに対処するため相次いで改革が実施され,体制の延命がはかられるが,19世紀半ばの 開国を機に解体は一気に進み, 大政奉還, 王政復古, 版籍奉還を経て 廃藩置県によって最終的に消滅した。







「幕藩体制」関連コンテンツ読み込み中...


コメント

記事「幕藩体制」に関する感想・その他のコメントはこちらで。
記事の編集に関わる議論・質問は「幕藩体制」の掲示板でお願いします。
comments powered by Disqus