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国風文化

・ このページの最終更新日時 2016年12月6日 (火) 17:52




国風文化」の掲示板 / コメント

こくふうぶんか

10~11世紀の文化の呼称。12世紀の院政期まで含める場合もある。藤原文化とも。9世紀の唐風文化に対して,仮名の成立による国文学の発達,やまと絵・和風書道の誕生など10世紀以降の文化活動全般における和風化をもって名づけられた。従来は,9世紀末遣唐使廃止により中国文化の影響が薄れ,日本風土・生活・心性などに基づいて生み出された日本独自の文化として理解されてきた。しかし,10・11世紀には,民間貿易の活発化により遣唐使時代以上に中国文物の流入が増大しており,依然として中国の文化・文物が規範・理想として尊ばれていたことから,中国文化の影響が弱まったとは考えられない。むしろ,中国文化の影響の拡大・浸透により,中国とは異なる日本(本朝)に対する自意識が生れ,日本人の価値観に基づく中国文化の組換えが行われるようになったと考えられる。また,国風文化誕生の要因としては,対外的な影響のみならず,当時の貴族たちの浄土教陰陽道・御霊などへの信仰,文化創造の場であった平安京の変容,都鄙間交通の活発化,摂関政治体制の下での文人受領の存在,宮廷サロンの誕生等の状況もある。







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