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オランダ

・ このページの最終更新日時 2016年8月30日 (火) 12:03




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西ヨーロッパ,ベネルクス3国の北端の北海(ほっかい)に臨む国。現地名ネーデルラントNederland),英語名ネザーランズ(Netherlands)。阿蘭陀,和蘭,蘭。▽「オランダ」は有力な州ホラントHolland)のポルトガル語名。

〈概要〉オランダ王国,正式にはネーデルラント王国;Kingdom of the Netherlands面積4.1万2。人口1,552万(1996)。首都アムステルダム政府・王宮所在地はハーグ)。住民はオランダ人96%。言語はオランダ語宗教カトリック36%,プロテスタント27%など。政体は立憲君主政。元首は国王(女王)。通貨単位ギルダー(guilder)。1999年よりヨーロッパ一通貨ユーロを導入。
〈自然〉ライン川・マース川・スヘルデ川の下流の低地と,海面より低い干拓地(ポルダー)からなる。北大西洋海流偏西風の影響で気候は温和。
〈産業〉輸入原料の加工を主とする鉄鋼・機械・化学繊維食品などの工業が発達。石油ロイヤル ダッチ シェル,電機のフィリップス食品ユニリーバなど多国籍企業の本社がある。農業酪農花卉(かき)栽培が主で,チーズ,鶏卵チューリップなどの球根の輸出額は世界有数。
〈歴史〉ローマ帝国フランク王国の支配後,小国が分立。十字軍遠征などによる遠隔地貿易復活とともに商業心地となり,11~13世紀には各地に自治都市が生まれた。14世紀ブルゴーニュ(ブルグント)公領,15世紀ハプスブルク家領となり,1556年同家のスペイン王家継承の際にスペイン領へ編入。このころから北部カルバン派が勢力を強め,スペイン新教徒弾圧に抗して,1568年オランニエ公ウィレムの指導下で独立戦争を開始。1579年北部7州がユトレヒト同盟を結成し,1581年独立宣言。ウィレムの暗殺(1584)後は,オランニエ公マウリッツの指導下で戦局が好転。海外のスペインポルトガル貿易拠点を攻撃して植民地を獲得。17世紀初期には東・西インド会社を設立して,世界的商業国として繁栄した。1648年独立を承認され,ネーデルラント連邦共和国が成立。17世紀後半の3度にわたるイギリス=オランダ戦争の結果,イギリスに海上覇権を奪われて国力が衰退し,ナポレオン時代にフランス併合された。1815年ウィーン会議で現在の王国が成立。1831年カトリック教徒が多い南部が分離独立(ベルギー王国)。第一次世界大戦では中立を維持したが,第二次世界大戦ではドイツ軍に占領された。戦後は中立政策を放棄してNATOに加盟し,西側陣営の一員として活躍。一方では,インドネシアスリナムの独立によって植民地の大部分を失った。EUの原加盟国。







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